キノコシロアリの巣。 提供:OISTアレシュ・ブチェック博士
木造建築の多い日本では、シロアリは建築材を食べてしまう恐るべき害虫として知られており、「シロアリ=悪者」というイメージが定着しています。そんなシロアリを研究対象としている研究グループがここ沖縄科学技術大学院大学(OIST)にあります。
なぜそんな厄介者の研究しているのか。研究を進めたチェコ出身のアレシュ・ブチェック博士と、沖縄出身の金城幸宏博士に話を聞いてみました。
Q.なぜシロアリを研究することにしたのですか?研究者から見た、シロアリの魅力を教えてください。
A: 金城:「自然界では、シロアリはそんなに悪者一辺倒でもないんですよ。むしろ、枯れた木などを分解できるため、分解者として重要な役割を果たしています。シロアリには高等シロアリと下等シロアリがいて、家屋の害虫として知られる下等シロアリでは、食べたセルロースを最大100パーセント近くまで分解できるとされています」
それに、シロアリは私たち人間と同じように社会性をもっているんです。社会性を持つ生物はそんなに多くありません。他には、アリや、ハチが知られていますね。ですから、生態学を研究する学者にとっても興味深い生き物です。卵を生み続ける女王シロアリ、女王シロアリを助ける働きシロアリ、天敵と戦う兵隊シロアリなどがいてコロニー(家族)を作って生活しています。因みに、シロアリの最大の天敵はアリです。
シロアリが木の葉を食べている様子 提供:OIST アレシュ・ブチェック博士
私が興味を持っているのは、シロアリ腸内の共生微生物群集の進化です。
シロアリは親子間で腸内に共生している微生物群集を受け継ぐのですが、推定ではこれがおよそ1億5千万年以上も前から続いているとされています。そのように長大な年月を多数の微生物と共に進化してきた動物は非常に珍しいです。シロアリが微生物進化の実験室とも呼ばれる所以です。シロアリはこの共生微生物群集の受け渡しをより確実に行うために、家族性、さらには社会性を身につけたのではないかと言われています。さらに、シロアリは進化の過程である時から急に腸内の共生原生生物を持たなくなり、細菌だけを共生させるようになりました。これが高等シロアリと呼ばれているグループで、種数において既知のシロアリ目の約70%を占めています。
キノコシロアリの巣を持つ金城幸宏博士 提供:OIST
アレシュたちが研究で特に興味を持ったシロアリは、そうした高等シロアリという科の中の二つの種類のシロアリグループ(亜科)なのですが、それらは、巣の中にキノコを栽培して食べており、一般的にキノコシロアリと呼ばれています。主にアフリカや東南アジアに生息し、日本では八重山諸島に生息しています。
ところが八重山諸島から400kmほども離れた沖縄本島で、このキノコシロアリの巣がみつかる場所がひとつだけあるのです。どこだと思いますか?
Q. どこでしょう?
A. 金城:首里城の周辺でみつかるのです。山田明徳博士(現長崎大学、当時琉球大学)によるこの発見で、琉球王国時代に王など高貴な身分の人々の食卓にこのキノコが上ったことが伺えます。実際、このシロアリが栽培したキノコは「一日茸」と呼ばれるくらい日持ちがしないため、新鮮な食材として供するためには、キノコシロアリの巣が近くにないといけませんね。
Q. きっと王様に好んで食べられたのですね。そのキノコは美味しいのですか?
A. 金城:実際に食べたことはないのですが、美味しいと思います。東南アジアや中国南部などの一部地域で今も食べられていると聞いたことがあります。
キノコシロアリの巣から生えているキノコ。 提供:OISTアレシュ・ブチェック博士
研究中のアレシュ。見ているのはシロアリではなく、ガの幼虫。 提供:OISTアレシュ・ブチェック博士
Q. アレシュさんの興味対象は進化ゲノミクス、いわゆるゲノムを解析することで生物がどのように進化してきたかを見ているのだと思いますが、シロアリを研究対象とした理由を教えてください。
A. アレシュ:先ほども金城さんが説明してくれましたが、シロアリは非常に興味深い共生生物との進化の過程をたどっています。皆さんもご存知でしょうか、シロアリはゴキブリから進化したのですが、ゴキブリの時は腸内ではなく細胞内でゴキブリに特異的な細菌が共生していました。進化の過程で、ある時、枯れ木を食べることのできるゴキブリが出現し、それが木質成分(セルロース)を分解する原生生物といくつかの細菌を腸内で共生させるようになりました。それが原始的なシロアリ(下等シロアリ)へと進化する過程で元いた特異的な細胞内共生細菌が失われ、さらに腸内から原生生物を失って高等シロアリとなっています。このように共生の形態が多様化していて、共生のシステム自体が変化している、こんな生物は少ないのです。
Q. 今回新たに発表される予定の新しい論文では、何がわかったのでしょうか。
A. アレシュ:まだ未発表なので詳しいことは言えませんが、これまで、シロアリ科の腸内共生原生生物の消失は、キノコを栽培することができるようになったためと考えられていました。すなわち、シロアリ科(高等シロアリ)の中ではキノコシロアリがシロアリ科全体の祖先になるはずでした。しかし私たちがRNAの配列を網羅的に調べて打ち立てた新たな系統樹によれば、キノコシロアリはシロアリ科全体の祖先ではないということが示されました。もうちょっと詳しい研究内容については、OISTのウェブサイトで記事にする予定ですので、10月17日以降にこちらをご覧ください
キノコシロアリの巣。 提供:OISTアレシュ・ブチェック博士
キノコシロアリの巣にクローズアップ。 提供:OISTアレシュ・ブチェック博士
Q. 今後、シロアリの進化を理解していくことで、何を目指すのですか?
A. 金城:そうですね、生物の進化自体を解き明かしていくことがすぐに私たちの生活に役立つことは難しいかもしれませんが、シロアリは自然界で重要な役割を担っており私たちの生活にも密接に関わっていますから、その生態をよりよく理解することは、森林環境の保全や害虫防除、あるいは生態系工学の発展にも役に立つと考えています。個人的には、進化のような基礎科学から得られる知見は私たちの人生にも大いに役立つと考えています。歴史の勉強はお金にはなりませんが、生きていく上で参考になることをたくさん学べますよね?歴史は人から、進化の研究は自然から、それを学ぶものです。シロアリは歴史の長さも多様さも魅力的なので、その進化研究を通してみなさんの人生に役立つ新しい物の見方や考え方を見つけていければと思います。
アレシュ・ブチェック博士(右)とシロアリの巣、そしてアレシュの所属するOIST進化ゲノミクスユニットを率いるトーマス・ブルギニョン准教授(左) 提供:OIST
10月19日(土)東京都杉並区西荻窪で行われる昆虫をテーマにしたイベントで、アレシュがシロアリの興味深い生態や、彼の研究について講演をします。
このイベントは、勉学の秋、文化の秋、食欲の秋に、みなさんも大好きな昆虫を、サイエンス、アート、そして食の観点から楽しんでみようというイベントです。日本語と英語で科学者によるお話や、昆虫食研究家内山昭一さんによる「昆虫ふりかけ」ワークショップ、昆虫をテーマにしたフィンランド人アーティストの作品、昆虫食のドキュメンタリーなどお楽しみ満載です。