熊本県天草市では国内で最も早いとされる「春マツタケ」の初競りがある。今年も8日に行われ、2本で12万1千円、キロ換算110万円で競り落とされた。珍しい上に香り良く、バブル期には1キロ当たり250万円の最高値を付け、東京や大阪の料亭でもてはやされたという天草産。そんなお宝は、いったいどこで採れるのか。1本ぐらい手に入れたいと、実は3月末に、「極秘」とされる狩り場に潜入を試みたのだった。
「知らん」
「駄目だ、教えられん」
関係者の口は一様に固かった。俗に「採れる場所は家族にも秘密」「名人は山に入る前に尾行を巻く」などと言われるが、どうも本当のようだ。毎年、本渡青果市場に出荷しているという人物までたどり着いたが、取材は断られた。
ただ、こんな情報を耳にした。春マツタケが採れるのは「有明海に面した小高い山々だ」。
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秋の味覚と思われているマツタケが春に採れるのは、天草で両方の季節の気象条件が似ているから、とされる。
九州や熊本のキノコに関する本を出版した「熊本きのこ会」元会長の鈴木敏雄さん(72)=熊本県合志市=によると「いずれも同じマツタケで、発生時期で呼び名が違うだけ」。酸性土壌(花こう岩や砂岩地帯)に適し比較的乾燥を好む。
地中温度が19度になるとマツタケ菌糸がキノコを作り始め、成長するまで約20日かかる。「その間、10~50ミリ程度の雨が4、5日おきに降るような天候が向いている」そうだ。
実際はどうだろう。天草の春マツタケに関する新聞記事を過去30年分調べ、各年の採集日を割り出した上で、気象データと照合してみた。すると平均的な採集日は、最高気温20・5度で最低気温11・1度、3日前から当日までの降水量が31・9ミリだった。
天気予報をにらみながら気象条件がそろうのを待っていたある日、知人から連絡が入った。「取材に応じてくれる『マツタケ採り名人』がいた」
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天草市下浦町で建築業を営む池田三十四さん(81)は「数年前まで採っとったばってんか、ぐあいんわるぅなってからにゃ(体調を崩した後)、止めとる」と話す“休業中”の名人だった。だが、名人は名人だ。「荒らさると困るけん、秘密ば守っとなら」との条件付きで、さあ、宝の山に“潜入”だ!
「上ん方ば見っど。あすこにアカマツが多かろが。まず、ああいった場所ば探さんば」。麓で教えを受けて山に入り、樹齢20年以上のアカマツが多く生えている場所に来た。
木の枝で適度な陰ができ、日も射す。名人によれば、雑木の腐葉土が堆積しておらず、砂地が所々、露出したような場所が良いそうだ。
小さなシダが生え、マツ葉が落ちている辺りでしゃがみ込む。周りの色と同化していない、マツタケのかさの内側で白く見える部分を探し出す。落ち葉に隠れ、目指すお宝の「白」は親指の爪ほどの大きさしか見えない。素人は足元にあっても気付かないという。名人の指導を受けても見つけられない。
「秋によんにゅ採れたとこれ、春もおゆる(秋に多く採れた場所に、春も生える)」と名人。なら、その場所は…。不敵に笑うばかりだった。
地をはうこと2時間あまり。時季も早かったのか、結局、一本も見つけられなかった。名人も「春に採れたたあ、しょて1回だけたな(春に採れたのは、過去に1度だけ)」と告白。ビッグなお値段には、ちゃんと理由があるのだった。
「全国区」目指し、30年前の挑戦
30年前、珍しい春マツタケを全国に知られる「天草の特産品」にしようと奮闘した人たちがいた。
青果市場で競り人をしていた天草市今釜新町の若林敏男さん(74)らは、天草の「初出荷」が全国一早くなるようにと、出荷人に頼んで回り、高値が付くよう仲買人にも働き掛けた。市場が盛り上がると、新聞やテレビで「日本一早い出荷」「キロ単価150万円」などと取り上げられ、一気に名が売れたという。
1キロ当たり25万円ほどだった最高値は、ピーク時には10倍に。6年前まで、天草市には市場が二つあり、「初競りはうちだ」と競い合ったそうだ。「出荷人も高値が付く市場に出しますからね。ギネスに記録が残せなかったことが唯一の心残り」と若林さんは話す。
元青果市場理事長で、同市有明町でスーパーを経営している梅田心介さん(71)によると、昔は竹で編んだざる「一斗じょうけ」いっぱい(約15キロ)に採れたそうだが、近年はアカマツが枯れて雑木林が広がり、収穫量も少なくなった。「消滅しつつある里山を守り、春マツタケも残していってほしい」